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平松善兵衛(ひらまつ ぜんべえ)

江戸時代には酒造業を行い、それを売買するために廻船問屋も行っていた。北浦・半崎土場に廻船が係留してあったという。
江戸時代では八左衛門、善兵衛を名乗っていたようで、寛政11年(1799)から文化6年(1809)ごろ小垣江村の庄屋も勤めた。
明治に入ってからは肥料問屋を行い、明治時代になると、善兵衛は明治35年に小垣江村長を勤めたほか、翌年には村会議員を勤めた。
また、碧海郡会議員も一時勤めた。同36年に小垣江郵便局が開設されると局長を勤める。
廻船問屋としては、明治41年には2艘所持しており、1艘は船名を栄福丸といい、進水は明治34年11月1日で、115石積、もう1艘は永吉丸といい、進水は明治31年8月1日で、110石積であった。

刈谷市民だより H21年12月15号 刈谷人物名鑑より

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