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石田退三(いしだたいぞう)

明治21年知多郡小鈴谷村(こすがやむら)(現常滑市)の沢田徳三郎の五男に生まれる。
従兄にあたる児玉一造の支援を受け、その弟の利三郎と過ごしたあと、大正3年石田家に養子に入る。
昭和2年利三郎の経営する豊田紡織に入社し、16年には豊田自動織機製作所へ移り、戦後の混乱の中から同社を建て直し、23年に社長就任後は同社の労働争議を解決するなど、その手腕は高く評価された。
25年7月トヨタ自動車工業社長、36年8月に会長に就任する。経営を再建し、さらに世界的企業へ発展させた。退三は豊田佐吉を恩人と仰いだといわれる。 豊田系企業の繁栄を図り、今日見る刈谷市の産業の発展に多大の貢献をし、また地方産業、文化の向上に努めた。
昭和31年刈谷市名誉市民となる。
刈谷市民だより H17年4月15号 刈谷人物名鑑より

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